ブラックホールから記述のソフィスケイトへ

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ほんと物理に興味がなくなって久しいのですが、「ブラックホールはない!」なんて話は気になります。

「新しい事象が観察されるたびに理論が変わっちゃうなんて、ほんとなにもわかってないんだな」

あまり親しくない人がこんなことを言っていました。
当然といえば当然です、そもそも対象の観測可能な現象がほとんどないなかで、小さな観察事実を積み重ねてつくった「最もそれらしい理論」なわけで、どんな賢い学者様がつくったからといって、「絶対的に正しい」わけありません。

これだけなら聞き流せるのですが、その親しくない人は、

「なんにもわかってないんだから、難しい理論を一生懸命理解する必要ないよなー(笑)」

と続けています。こう考えてしまうのが世の中の大多数なんでしょうか?

小さな観測事実を少しずつ積み重ね、数式を展開して、少しでも精度の高いモデルを作成することは全く無駄ではありません。今回の発見があったのも、過去に作られたモデルの基礎がなければ到達することもできなかったでしょう。モデル化することで、他者との共有が容易になり、検証工程が加速されます。それによってモデルの瑕疵が発見され、新たなモデルと続くのです。

で、いまの自分の環境を顧みるに、ビジネスってほんと科学に比べてモデルの共有が進んでないなぁって思います。そもそもビジネスを定式化する方法ってあるんですかね?
生産、運搬、社内のワークフローなどのオペレーションに関するものは、ORとして随分と研究されているとおもいますが、契約が絡むようなビジネスモデルってどうやったら詳細にモデル記述できるんですかね・・・。
それに、そのような記述方法が見つかったとして、安定的に利用できる集約化された公式が発見できるのでしょうか?

うーん、なんか言っていることが判りにくいな・・・。
数学の例え話で言えば、今のビジネスの理論って、オイラー以前の数式の記法が安定していなかった頃と同じで、それぞれの流派がそれぞれ好き勝手な作法で、足し算や掛け算を記述しているようなもの。で、円の面積やら、三角関数やらをご大層に継承していっるような有様と一緒なき駕します。
質の悪い記法を用いていると、モデルの理解に大きな負担がかかってしまい新たなモデルの構築へいたる確率が減るものです。

1+1=2

1 に 1 を和すると 2 に転ずる
なんて書かなくちゃいけなかったら、ちょっと複雑な式を取り扱うだけでも気が狂いそうですよね。

19世紀以降の急速な科学の発展の影には、数式の記述の開発があればこそだって思います。
これと同じアナロジーが、経済にも外交にも心理にもいえると思うんですけどね。

あー、文章記述ももっと効率のよい記法を開発してほしいものです・・・。

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このページは、noguが2005年4月21日 21:47に書いたブログ記事です。

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